経営を混乱させる株主

株主は会社で一番偉いのか?の続きです。

相場利益を目的とするデイトレーダーではなくとも、キャピタルゲイン狙いの株主は短期的な株価変動に非常に敏感です。
その変動に関して、経営者に色々と注文を付けてきます。

デイトレード(day trading):主に個人投資家による株式・債券などの日計り取引
キャピタル・ゲイン(capital gain):債券や株式など資産の価格の上昇による利益。資本利得、資産益と訳せる。

しかし、その目先の利益を目的とした注文は、長期的視野を特長とした日本的経営と、そうした経営の下でこそ養われる技術を失わせることになってしまいます。
(技術は一朝一夕で確立できるものではなく、積み重ねが必要です。)

目先の利益を追うような企業社会では、例えば三ヶ月や六ヶ月単位の短いスパンで、思いつきのような新商品を次々に出して、宣伝の力で売っていくしかありません。

すると、商品の売れる期間が短くなり、大ヒットやロングセラーが出にくくなります。
下手をすると、一発屋で終わる可能性もあります。
(一発も当たらなければもっと悲惨です。)

短命の商品を出し続けていくことは、開発・製造・販売のどの面で見ても限度があります。

それよりも、長期的に売れるベースになる技術・ノウハウをどうやって維持し、育てていくかということを真剣に考えた方が、長い目で見た時に、効率的かつ生産的です。

株主主権の考え方で言えば、そのように企業が長期的な経営ビジョンを持って活動しているかどうか、監視をするのが株主の本来の役目と言えます。

株主がその点を分かっていれば、本当に技術を持っている会社の価値が正しく理解され、株価も上がります。

しかし、短期志向の株主には、そのような考えはありませんし、また、それを理解するだけの情報を持っているとは限りません。

現に、新興株市場のジャスダック東証マザーズはITブームなどをきっかけ一時的に暴騰したり、低迷したりを繰り返しています。

ソニー銀行社長石井茂氏=
個人投資家は短期思考が強い、日本には何十年という時間軸を持つ投資家はほとんどいない


――大手証券の企画担当を経験し、現在はネット銀行を経営する立場です。個人マネーの動向をどのように見ていますか。

「投資情報を自分で収集・分析したうえでネットで取引をする個人は、非常に賢いと思う。リスクをとることに消極的といわれることも多いが、 外国為替証拠金取引(FX)の人気ぶりなどを見れば、金融取引で利益をあげることに積極的な面を持つことも分かる」

「ただ、少し短期志向が強いかなと感じている。株式取引をギャンブルと捉える感覚も、どこかにあるのではないか。 日本の証券史をひもとくと有名な相場師は多いが、何十年という時間軸を持つ投資家はほとんどいない」

――投資初心者に向いているとされる投資信託についても、短期志向が問題になっていました。

「個人は投資信託の基準価格が上がるとすぐに売却しようとする。投信の運用者に対する個人の信頼感が低いからでもあるだろう。 金融取引において信頼は極めて重要だ」

――銀行が投信などのリスク商品を販売することの是非はどうお考えですか。

「個人の立場からすれば、銀行と証券が分かれている必要性はない。ただ、個人が預金を預けることと、価格変動を伴う商品の購入を取り違えないよう、 注意を喚起する仕組みは欠かせない」

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株主の短期志向は経営を混乱させてしまっているのです。



「強圧株主」の跋扈を許してはならない二つの理由
株主志向の経営は株主利益につながらない、と筆者は言う。
配当政策を重視し留保利益を減らすと、企業の成長機会は奪われる。
また、短期的に売買益を得ようとする投資家の意見を
聞いてしまうことは、じつに危険な行為であるのだ。

PRESIDENT
神戸大学大学院経営学研究科教授
加護野忠男 = 文

株主利益につながらない 「株主志向」の経営

 株主志向の経営を行うべしということが言われて久しい。だが、そのようなことが言われ始めてから日本の企業に元気がない。競争力も低下したように見える。株主志向の経営は本当によかったのだろうか。

 株主志向の経営というのはよくわからないスローガンだが、常識的な議論では少なくとも次の二つの内容を持っているように思える。

 一つは、配当などの株主還元を増やすということ。もう一つは、株主の意見や要求に耳を傾けるということ。

 どちらも株主にとってはよいことのように見えるが、理論的に考えると、どちらも単純には株主の利益につながらない。小論では株主志向が株主利益につながらないというパラドックスが生み出される理由を考えてみよう。

 まず株主還元について。

 ファイナンスの広義の基本的な命題を基にすれば、配当による株主還元を増やしても株主の利益にはつながらないということである。これはMM(モジリアニ=ミラー)命題と言われている。より正確に言うと、配当政策は株主利益とは無関係だというのが、MM命題である。この命題が正しいことは、難しい証明をしなくても、身近な例で考えてみればすぐわかる。あなたがある会社の唯一のオーナーだったとしよう。この会社の利益を配当としてあなた個人のものにしようが、価値は会社に留保しておこうが変わらないはずである。個人のものにした場合には、まったく自由に処分できるというメリットはある。しかし配当には法人税と個人所得税という二重に税金がかかることを考えれば、配当するよりは留保しておくほうが得だということになる。会社に留保されている資金を株主は自由に処分することはできないが。

 留保資金は、会社にとってはきわめて重要な二つの機能を果たしている。一つは将来に向けたリスク投資の原資になるという機能である。このようなリスク投資は借入金では行いにくいし、増資でまかなおうとすると時間がかかってしまう。潤沢な留保があるときには、速やかに投資を行うことができ、事業機会を機敏につかむこともできる。もう一つは経営を安定化させる基金としての機能である。株式会社は有限責任の株主から構成されており、取引に大きなリスクが伴う。それにもかかわらず、会社と安心して取引ができるのは、留保利益をも含めた自己資本があるからである。自己資本は経営安定化基金としての性質を持っている。リスクの高い業界では、留保利益は、企業の安定化のために不可欠な役割を果たしている。この留保利益を株主に配分してしまったのでは企業のリスクが高まり、取引の上で不利になる。これらの機能を無視して、利益を株主に還元しすぎてしまうと、企業の成長機会は奪われ、リスクも高まる。

 投資のプロから見ると、株主への還元に熱心な企業は成長機会を持たない成熟企業とみなされてしまうという危険もある。こうした企業の評価(株価)は相対的に低くなるのである。

 株主の声に耳を傾けることについて。

 一口に株主といっても、それぞれの株主の要求は違う。すべての株主の要求にこたえることはできないし、誰かの要求を聞けば、他の株主に損失を与えてしまうかもしれない。とりわけ危険なのは、いわゆる強圧株主の意見を聞いてしまうことである。

自由主義経済を成立させる 「経済騎士道」

 強圧株主とは、証券市場で過小評価されている会社の株式を購入し、短期的に株価をつり上げるような政策を経営者に強要して、株価が上がったときに売り抜けて短期的に売買益を得ようとする投資家をさす。1970年代のアメリカで出現し、最近は日本でもそれを真似る投資家が出てきた。このような投資家は非合法にせよという強硬な意見もある。非合法にすべきかどうかには議論の余地があるが、こうした投資家の声を聞くことはじつに危険だということに関しては議論の余地はない。

 このような投資家が跋扈した時代に米国製造業の国際競争力は急激に低下してしまった。なぜこうした投資家の跋扈を許してはならないのか。いくつかの本質的理由がある。

 第一の理由は、安易な利益追求が助長されるからである。利益追求が悪いのではない。安易な利益追求が問題なのである。自由主義経済学の創始者であるマーシャルは、自由主義経済を成り立たせるには経済騎士道が不可欠であるといっている。適度な利益への敬意と安易な金儲けに対する軽蔑は経済騎士道の重要な構成要素である。安易な金儲けがいかに怖いかは、バブル経済の経験を振り返ってみればすぐにわかるだろう。安易な金儲けは会社内部をも堕落させてしまう。真剣に仕事に取り組もうとする愚直さが失われてしまうほど会社にとって怖いことはない。マックス・ウェーバーも言うように厳しい自制心がないと、近代資本主義は成り立たないのである。

 強圧株主の跋扈は社会全体にも悪影響を及ぼす。同じような手法を真似る人々が出てくることである。日本でも、強圧株主が跋扈し始めてからITベンチャー企業による節度のない企業買収が行われるようになった。これは偶然の一致ではないように思える。

 強圧株主の意見を聞くことのもう一つの深刻な問題は、短期的な視野での誤った経営が助長されてしまうことだ。誤った経営は他の株主や利害関係集団に損害を与える。理論的に考えれば、株価は企業が長期的に生み出す利益の現在価値である。短期的な視野での誤った経営は将来利益を減らし、株価を下げる。短期志向の誤った経営は、株価の低下という形で一般株主に損失をもたらす。ところが長期的な犠牲を伴うような政策が一般株主に理解され、株価の低下をもたらすには時間がかかる。強圧株主はそれまでに株を売ってしまうから悪い経営のツケは他の株主に回されてしまう。こうした損害を受けるのは一般株主だけではない。短期的な視野での誤った経営は企業の発展機会を奪い、社会の損失をもたらす。従業員から職場を奪うことになる。地域社会の迷惑にもなる。

 長期的視野で経営されている会社は投資家の視点から見ると非効率で鈍重なように見える。長期的な視野での経営の合理性を一般株主に納得させるのは難しい。トヨタ自動車でさえも、終身雇用にこだわっているという理由で格付けを下げられたことがある。

 強圧株主は、経営に規律を与えると称して、長期的な経営を行っている企業に誤った経営を強要してしまうのである。

 このような危険を考えれば、よい経営を行っている経営者にとって最善の選択肢は強圧株主の横車を無視し、長期的な視野での経営を続けることである。ところが、長期的な視野での経営の合理性を一般株主がわかるように説明するのは難しい。強圧株主を支持する近視眼的株主も出てくる。しかも、現在の法律では経営者の最終的な任免権は株主にある。株主の要求を無視するにはかなりの勇気がいる。この勇気もマーシャルの言う経済騎士道に含まれるかもしれない。

 強圧株主への対抗を経営者だけに任せておくわけにはいかない。経営者を支える法律の整備も欠かせない。アメリカでは、経営者による会社防衛が行いやすいような法律をつくって会社を守っている。フランスのように長期保有株主と短期保有株主の議決権に差をつけるというのも一案だ。会社に資産売却やペイアウト(配当、自社株買戻し)を要求した株主には長期保有を義務づけるというルールも必要である。

 強圧株主は害毒を流しているだけではない、怠慢になりがちな経営者に規律を与えていると弁護する人々もいる。経営者に規律を与えるより有効で害の少ない方法が他にあることを考えると、この弁護は、牽強付会であろう。強圧株主の横車が怖いから優良企業が上場を忌避し始めた。優良企業が上場されなくなるのは投資家一般さらには社会全体にとっても大きなマイナスである。

「投資の論理」と異なる 「経営の論理」

 注意すべきなのは、強圧株主だけではない。株主の間にも多様な意見の違いがある。通常、この意見の違いは市場での取引で調停されるのだが、経営者が直接に株主の意見を聞く場合には誰の声をどれだけ真剣に聞くかを考えなければならない。誰の声を聞くかという判断に際して重要な手がかりになるのは、次の二つである。

 第一は当該株主がどの程度の長期的コミットメントを持っているかという側面である。強圧株主や、一部の短期保有株主は、長期的なコミットメントを持たない。コミットメントは他の選択肢の放棄を意味するから、合理的投資家が持つべきものではないといえるかもしれない。しかし、事業を発展させるためには、非合理的な長期的コミットメントが不可欠である。合理的なものだけでビジネスは成り立たない。ビジネスの主役は人間なのである。機関投資家の多くは長期的なコミットメントを持たない。本来長期的な運用を目的としている年金基金もファンドマネジャーの成績は短期の運用成績で評価される。

 第二は、当該株主が経営ならびに当該企業についてどの程度の知識と判断力を持っているかという側面である。企業や経営についての知識が不足している人の意見を聞くと間違いを起こしてしまう危険が高い。投資家、とりわけ機関投資家は投資のプロであるが、経営のプロであるとは限らない。投資の世界の常識はビジネスの世界に通用するとは限らないのである。よい投資の論理とよい経営の論理が一致するとは限らないからである。それを考えずに投資家の意見に従うと、間違ってしまう。

 しかし、話はそれほど単純ではない。知識に関して言うと、投資家は、経営の細部についての知識を持たない。だが、細部の知識にとらわれないゆえに、経営の本筋をよりよくつかむことができるという利点もある。知識は二面性を持っているのである。同じことは長期的コミットメントに関しても言える。コミットメントが強すぎるゆえにリスクを負えなくなるという欠点もある。このように考えると、株主の素性だけで判断することは危険である。株主の素性だけではなく、その意見の内容を経営の現実に即して判断し、選択的に取り入れることも必要だ。



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